2010/08/06
室町時代から関東随一の巨木として知られてきた与野の大カヤ
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みなさん、こんにちは。今回は、埼玉県さいたま市にある「与野の大カヤ」をご紹介します。
さいたま市は、2001年に浦和市・大宮市・与野市が合併して発足。樹は、旧与野市内に位置する妙行寺(みょうぎょうじ)南側の金比羅天堂境内にあり、1932年に国の天然記念物に指定されています。
妙行寺は、古くは禅寺でしたが、応永15年(1408年)日蓮宗の高僧、日英上人の勧めに従い、日蓮宗に改宗したと伝えられており、正式名称を「日蓮宗東永山妙行寺」といいます。江戸時代に与野に住み、松尾芭蕉を慕った俳人、鈴木荘丹(すずきそうたん)の墓があることでも知られています。
大カヤは、樹齢1000年。平安時代中期の長元年間(1028年~1037年)に植えられたと伝えられています。室町時代・応永年間(1394年~1427年)の頃には、すでに関東随一の巨木としてその名が知れ渡り、旅人たちの道標として活躍していたそうです。
小ぢんまりとした敷地内に建っている金比羅天堂とカヤの巨樹。辺りには民家も立ち並び、地域の人たちが集まる憩いの場という印象を受けますが、樹高21.5m、根回り周囲13.5m、目通り周囲(目の高さでの幹周り)7.28mという大きさは、まさに“威風堂々”という言葉がぴったり。
敷地の中央付近にどっしりと根を降ろし、太くゴツゴツとした数本の幹を束ねたカヤ独特の凹凸のある幹を、天地向かって真っ直ぐに伸ばし、枝葉を四方に広げている姿は、何とも圧巻。地域の人たちが「榧木金比羅(かやのきこんぴら)」と慕い、御神木として祀ってきた歴史がうかがえます。
樹の近くには、江戸時代の五街道のひとつ、中山道が通っています。東京から新潟までを結ぶ幹線道路の国道17号線です。1000年という長い時間のなかで、このカヤの樹は、どのような光景を見てきたのかと思うと、樹を前にして、神妙な気持ちになりました。 (文と写真:杉山忠義)
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