2010/05/19
初代「日立の樹」テレビCM制作裏話
- カテゴリ:
- 日立の樹
みなさん、こんにちは。今回は、1973年(昭和48年)から1975年(昭和50年)にかけて放送された、初代「日立の樹」CM制作にまつわる裏話をご紹介します。
当ブログや「日立の樹オンライン」でご紹介していますように、初代「日立の樹」テレビCMは、アニメーションによるCMで、実写の樹は一切登場しませんでした。
CMが誕生する前の1970年当時、日本では、初めての万博となる大阪万国博覧会が開かれ、創業60周年を迎えていた日立は、「日立グループ館」として参加しました。その一方で、経済の面では「いざなぎ景気」が終わりを迎え、環境や資源などの社会問題がクローズアップされ始めた時期でもありました。
「技術の日立」を掲げてきた日立は、電力を中心とした事業構造から、コンピューター主体の「システム」という事業構造へ転換を進めており、「英知とシステムで地球を守ろう」キャンペーン広告などの展開も行われました。
そんななか、1966年の放送開始時より日立が単独提供していたテレビ番組「すばらしい世界旅行」が、1972年に日立グループ25社による提供に変わるにあたり、それにふさわしいCMをつくろうと、初代「日立の樹」CMの企画がスタートしました。
コンピューター技術が大樹のように大地に根を伸ばし、その技術がいろいろな花を咲かせ、実を結ぶという「システムの日立グループ」を象徴する大樹の映像と、日立グループの未来への可能性を明るく歌い上げたCMソングとを組み合わせ、来るべき「コンピューター社会」と「未来」をイメージさせるものをつくりたいというのが、日立の思いでした。
CM制作スタッフは、その思いにふさわしい姿の樹を求めて、世界中の名木・巨木を探し回りましたが、形だけでなく、背景もよい樹が見つかりませんでした。そこで提案されたのが、アニメーションで描かれた樹でした。
映像とともに、CMソングの制作も進められました。作曲は、さまざまな人気CMソングを手掛けている作曲家の小林亜星さん(写真下・左)に依頼したところ、ふたつ返事で快諾をいただき、作詞は、小林亜星さんのご紹介を受け、伊藤アキラさん(写真下・右)にお願いすることになりました。
CMのイメージを説明するスタッフに樹の絵を見せられた伊藤アキラさんから、「この樹は、なんという樹ですか?」「どんな樹なのですか?」「どこにあるのですか?」などの質問が出ましたが、絵のモデルとなる実在の樹がないため、名前もなければ、どんな樹なのかもわかりません。
スタッフは「わかりません」「知りません」と返すばかりでした。そのときのやり取りから、CMソング「日立の樹」の歌詞が生まれたというのは、ウソのような本当の話です。もしもCMが実写の樹で制作されることになっていたら、この歌詞は生まれなかったかもしれません。
CMの最後は、「みんなが集まって、みんなが持ち寄って、新しいものをつくろうと思っています」「あなたを取り巻く問題が、日立のテーマです」とのナレーションと、「システムの日立グループ」のテロップで締めくくられます。
日立グループとしての総合力を活かしたシステムにより、よりよい社会をつくっていきたいとの思いを、一本の大樹の形で表現した「日立の樹」テレビCMの誕生です。
成長する樹のアニメ、軽快なメロディーと、わかりやすく、耳になじみのよい歌詞、そして、日立グループの社名テロップから構成された初代「日立の樹」CMは、こうして完成しました。「日立の樹オンライン」では、そのCMを公開しています。ぜひ、ご覧ください。
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