2010/04/09
江戸時代からの庭園、六義園で目にしたシダレザクラ
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みなさん、こんにちは。今回は、東京都文京区駒込にある「六義園(りくぎえん)」をご紹介します。
もともとは幕府所有の日本庭園で、造園当時は、小石川後楽園(六義園と同じ文京区にあります)とともに、江戸の二大庭園に数えられていました。明治時代に入って三菱財閥を創立した岩崎弥太郎氏の所有となり、その後、昭和13年に東京市(今の東京都)に寄贈され、現在では東京都が所有する有料の日本庭園として公開されています。
六義園を訪れる多くの人が、まず感じると思うのは、「りくぎえん」というネーミングの由来でしょう。私が園を訪れた日は、幸いにも無料の庭園ガイドのある日でしたので(土日祝日、午前11時と午後2時の2回実施)、ガイドさんから説明を受けながら、1時間ほどかけて園内を散策。名前の由来も含め、いろいろなお話をうかがうことができました。ガイドさんの説明によると、名前の由来は、中国最古の詩編「詩経」における詩の分類の「六義」からきているとのことでした。
私がこの時期に訪れてみたいと思ったのは、同園の「シダレザクラ(枝垂桜)」を見たかったからです。
高さ約15m、幅約20mという堂々たる大きさながら、「迫力がある」というよりも「荘厳」という言葉が相応しく感じられたのは、訪れた日が雨だったからなのか、それとも日本庭園の厳かな雰囲気によるものなのかはわかりませんが、見事なシダレザクラの樹を前に、しばし時を忘れ、心が洗われる思いがしました。
このシダレザクラ、実は、以前は周囲に柵もなく、樹に自由に近付いて見ることもできたそうですが、現在では、樹の衰弱防止など、管理・保存の観点から立ち入り禁止の柵が設けられています。ガイドさんによれば、根元の草花は、樹を弱らせないために植えられているとのこと。私には、その小さな草花が、この大きなシダレザクラの命を陰で支えている、縁の下の力持ちのように見えました。
この日のシダレザクラの花は、五分咲きといったところ。シダレザクラは、「桜」と言われて多くの方が真っ先に思い浮かべる「ソメイヨシノ(染井吉野)」よりも開花時期が早いため、みなさんがこの記事をご覧になられている頃は、すでにシダレザクラの見頃は過ぎて、ソメイヨシノが満開の時期を迎えていると思いますが、きっと、その木の下では多くの人の笑顔が見られることでしょう。もちろん、私もそのひとりのはずです。 (文と写真:杉山忠義)
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